全国名水マップ80

車で旅行していると、名水ポイントに出会うことがある。キャンプ予定の場合は、10Lポリタンクはいつも準備しているので、料理にコーヒーに美味しいお水でいただける。名水100選も読ませていただいたが、今回図書館でご利益のある名水の本を見つけた。著者は南正時さんの講談社+α新書です。北海道から沖縄まで80箇所が紹介されていて、全国の車旅なら、どこかで立ち寄りそうなので、グーグルマップのマイマップに作成してみました。

図をクックするとグーグルマップが開きます。

 

プレーパークこおりがおか

昨年から枚方市では初めてのプレーパークが試験的に始まっています。NPOの関係者からお誘いを受けて、今年からお手伝いをはじめています。

毎月1回第4土曜日の午後に桑ケ谷の森で実施しています。

ESDをシンプルに

☆2018年9月29日、ESD推進ネットひょうご神戸(RCE兵庫-神戸)の第3回ESD実践研究集会でのポスター発表したものを加筆修正版を掲載。

1.問題意識
ESDの認知度が低い。ESDがわかりづらい。もっとESDをシンプルに説明し、認知度アップを図りたい。そのため、ESDの背景を確認し「環境ESD」と「なんでもESD」から検討を試みた。

2.ESDの認知度が低い現実
2014年8月内閣府政府広報室世論調査では、知っているかの回答は僅か2.7%である。(図1)2006年の岡山市調査では、8.3%。2017年の長崎県の調査では、「知っている回答」は7%、言葉だけは聞いたことがある回答を含めて20%。(図2)


今年7月の文部科学省「平成29年度 ユネスコスクール年次活動調査」では、ESDの普及が進まない理由として、「教職員のESD対する理解不足」が71%、「ESDの概念がなんでも包括してしまい分かりにくい」が62%となっている。(図3)


図1:https://survey.gov-online.go.jp/tokubetu/h26/h26-esd.pdf
図2:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsoee/18/3/18_3_53/_pdf
図3:https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2017/08/1504064665.pdf

3.ESDの背景から確認
2005年10月に出されたユネスコ「国連持続可能な開発のための教育の10年国際実施計画書」の附属文書ⅠにESDの背景として記載がある。
①環境ESD(環境教育)?
人間環境宣言を発表した1972年の国連人間環境会議を起点として、環境教育の重要性が議論されてきた。2002年ヨハネスブルクサミットに於いてESDの10年が提案されるまで、環境教育が「持続可能な開発」に貢献するものであるとして進められてきた経緯がある。環境教育が拡張されたものがESDとの認識が環境教育関係者にはあったようだ。
DESDの中心的な役割を担ってきたのが、環境教育関係者であり、環境省が主導してきている。このような経緯がDESDの10年間に於いても環境ESDと言った表現が使う団体組織も多い。
環境教育が果たしてきた役割は誠に大きくその中心であったのは間違いない。しかし、広義の環境教育や拡張された環境教育がESDであるとか環境ESDといった表現を使ったことが、よりESDを混乱させる原因にもなっているのではないだろうか?

②なんでもESD?
ESDの説明でよく使われている花弁型のイメージ図がある。(下図4)この図がなんでもESDと思われてしまっていないだろうか?

持続可能な開発には、多様な側面・多様な課題がある。多様な教育の連携が必要とは考えられるが、それよりも、課題の総合性をどう捉えるか、総合的な課題解決につながる観点を育む教育と言うことではないだろうか?
〇〇教育も連携によってESDとは考えられない。〇〇教育と言わない教育がESDではないだろうか。
図4:
http://www.mext.go.jp/unesco/004/1339970.htm

ESDとは?

4.ESDを、分りやすい、解りやすい、わかりやすく!
持続可能な開発に関する世界首脳会議では、「国連持続可能な開発のための教育の10 年」を提案し、教育と学習が持続可能な開発にむけたアプローチの中心にあることを提示した。
社会に向けにてのESDとは、「学ぶこと」の大切さを認識し、教育の重要性を再確認すること!ESDを、市民向けては啓発の側面を伝えることから出発すべきであったと考える。
ESDとは、「持続可能性と言う課題についての理解を社会全体で深め」、「教育の再構築・教育を再方向付け」することが求められていると言う2点。この啓発運動の側面を社会向け強調していく戦略を充実させ、ESDの認知度を向上させることが重要であり、社会に浸透しないでいくら議論してもむなしい。

ポスター(クリックするとpdfを表示します。)

北海道旅行ための宿泊施設情報(その前に)

2014年・2016年・2017年と北海道を車での旅したころから、宿泊地の情報を整理してみようと昨年から取り組んでいます。都市部ではホテルを利用しましたが、キャンプ好きな我が家は、キャンプ場も利用してきました。2014年は36日間 4,600キロ、2016年は21日間2,400キロ道内を走破しました。レンタカーでの旅行される方は短期の方が多いと思われますが、比較的長期に旅行する方はマイカー利用が多いと考えられます。そこで、夫婦2人旅や家族3~5人程度で中・長期の北海道旅行をする場合の宿泊情報として、キャンプ場のロッジやキャビンなどの利用情報をまとめて、順次掲載していきます。

その前に、

情報整理を始めて、北海道の広さを実感。九州の2倍、四国の4倍!情報はエリアに分けてまとめることが必要。しかし、これまで手に入れた資料やネット上を見ても大阪人としては、馴染みのない地域名ばかり。宗谷・留萌・上川・オホーツク(網走)・釧路・根室・十勝・空知・日高・胆振・石狩・後志・渡島・檜山。行政的にはこの14振興局エリアに分かれている。馴染みのある「釧路・根室・十勝」や「宗谷・留萌」は知っている(読める)人も多いでしょうが、「空知・胆振・後志・渡島」は????ではないでしょうか。空知=そらち・胆振=いぶり・後志=しりべし・渡島=おしま、と読むそうです。読めない上にその場所となると、宗谷や釧路・根室だと想像がつきそうですが、他のエリアを判別理解することは難しいと思われます。

江戸時代の和人地と蝦夷地から明治期の11国、そして現在の14振興局になる等行政都合上の名称です。そのために、道南・道央・道北・道東など4程度のエリア分けもされるようですが、これも14振興局をまとめたものになっています。道北には留萌まで入るようですが、上川エリアは北の中川町から南の占冠村まで直線距離でも250kmぐらいあります。初めての2014年稚内のホテルを「じゃらん」で検索予約したら誤って留萌のホテルを予約してしまいました。「じゃらん」でも詳細選択しないと稚内も留萌も道北エリアとしているようでした。そこで、マイカー利用旅行者とって必要な道路情報と観光地を考えて独自に5エリアの区分を考えてみました。

①道南=渡島半島部分・函館から長万部あたりまで、②道央=羊蹄山周辺・ニセコ・小樽や南は室蘭・苫小牧そして札幌から道央道・国道12号線の深川市から留萌まで、③日高山脈と大雪山脈がる南の襟裳岬から北は旭川まで、④道北=北緯44度以北幌加内からの宗谷まで、⑤道東=大雪山脈から東部・北はクッチャロ湖から南の釧路を含む知床・根室まで、としました。

参照ページ

  • 北海道ファンマガジン https://pucchi.net/hokkaido/geo/area.php
  • J-tripスマートマガジン https://www.jtrip.co.jp/magazine_hokkaido/beginner/

北海道への旅行情報(フェリー)

ここでは、長期北道旅行としてマイカー旅行を前提にしています。まずは、北海道までのルートとしてフェリー情報から

大阪から北海道へマイカーで行く手段としては、舞鶴港(京都府)と敦賀港(福井県)からの新日本海フェリーと名古屋港からの太平洋フェリーがあます。

舞鶴からは小樽に、敦賀からは苫小牧東にほぼ毎日運航便があり、日本海を航行し21時間程度(夜中出発の翌夜着)とほぼ1日で到着。名古屋からは苫小牧に隔日に運行され、太平洋を航行し39時間(夜出発の仙台に翌夕方着、3時間待ちの後出発の翌昼前着)と2泊3日になります。

我が家では、2014年初旅で太平洋フェリーを利用しました。春先から出発日を決め、半額のネット割引(予約乗船日2ヶ月前午前9時から)でチケットを購入できたことにあります。船旅でのんびりするのがお好きな方むき、2泊は長いです。7月で波も穏やかな航海でしたが、翌朝から船酔いでほとんど船室のベッドで過ごす状態。帰路小樽から舞鶴の新日本海フェリーに乗りましたが、日本海側にくらべ太平洋側の波の周期が大きいように感じました。また、仙台で3時間の待ち時間がありますが、下船ができないのも残念です。

2016年は、青森まで車で走り青函フェリーで函館へ渡り、帰路に苫小牧東から敦賀の新日本海フェリーを利用しました。

新日本海フェリーでは、敦賀~苫小牧東便が船も新しく同じステートルーム室(ツイン)でもトイレ付であり、露天風呂もあります。また約1時間程度航海時間が短くなります。課題として、小樽は観光地ですが、苫小牧東は苫小牧中心から30kmも離れ、周囲には何もないところです。

料金でみると、両社とも期間(3区分)により運賃が変動します。

太平洋フェリーの2018年度名古屋発では、A期間=7月26日まで(GWを除く)と8月22日以降、B期間=GWに7月27日~8月1日と8月16日~8月21日、最も高くなるC期間=8月2日~8月15日となっています。(苫小牧発は少し違いがある)

新日本海フェリーの2017年度(注)の舞鶴発では、A期間=7月14日まで(GWを除く)と8月21日以降、B期間=GWに7月15日~8月3日と8月14日~8月20日、最も高くなるC期間=8月4日~8月13日となっています。(注:2018年3月7日時点では2018年6月以降の予定が未掲載のため)

両社とも夏休みお盆期間が最も高くし、GW期間と7月中旬以降から8月20日頃をその次の料金としています。通常期(A期間)と比較すると、太平洋フェリーでは、34,000円が43,200円と27%アップ、新日本海フェリーでは、31,370円が41,040円と30%アップとなっています。(普通車+運転手1名)

関西圏からは2社3航路になりますが、北海道へのフェリー便は、新日本海フェリーの経由便として新潟と秋田から乗船できます。太平洋側では、苫小牧への便が、茨城県大洗港からの商船三井フェリー、岩手県八戸港からの 川崎近海汽船シルバーフェリーがあり、2018年6月から岩手県宮古と室蘭を結ぶ便が新たに就航するようです。最も距離の短い便が、津軽海峡を渡る青森から函館への青函フェリーと津軽海峡フェリーがあります。時間に余裕があれば、ブラブラと北陸道経由で新潟発、磐越道から東北道で仙台や八戸、青森からなど本州巡りから北海道に渡るのも良いと思います。

2週間ぐらいの日程なら敦賀から苫小牧東に入り、帰路は小樽から舞鶴が周遊に向いてお勧めです。

各航路の簡単な情報を一覧にしてみました。

詳細は各社へホームページからご確認ください。社名をクリックするとリンクします。

新日本海フェリー(株)

太平洋フェリー(株)

商船三井フェリー(株)

川崎近海汽船(株)シルバーフェリー

津軽海峡フェリー(株)

青函フェリー

北海道旅行ための宿泊施設情報その1

北海道のおすすめキャビンのあるキャンプ場情報

北海道を車で夫婦2人の周遊旅行を経験して、道北・道東など各エリアを周遊しながら観光スポット巡る宿泊情報として、おすすめのキャンビンのあるキャンプの情報を掲載します。キャビンとは、キャンプ場ではバンガローやキャビン(ケビン)と呼ぶところが多いのですが、施設によってコテージとかロッジの名称になっているところがあります。(脚注参照)

おすすめとして、1棟1泊で5,000円以下、トイレがある(1か所無し)、電源・流し台などの設備がある、温泉などの施設が隣接など近くにある(1か所無し)の4点から選んでいます。また、周遊を考えて、各エリアから1~2と8か所を選定しました。

おすすめ8か所一覧

①鶴沼公園キャンプ場
樺戸郡浦臼町字キウスナイ188番地(0125-67-3109)

札幌から北東約90km、浦臼町にあり、JR学園都市線と並行に走る国道275号線に面した移動旅行には最適に場所にあります。

バンガロー6棟の他、オートキャンプ場24区画、フリーテントサイト約80張、コインランドリーや温水シャワーもあり、近くには温泉やレストランもあり、道路をはさんで向かいには「道の駅つるぬま」があります。

区画内に駐車が可能であり、バンガロー設備としても水洗トイレに2段ベット・照明等もあり、温泉や買い物にも便利なロケーションです。

http://www.town.urausu.hokkaido.jp/kankou/guide/tsurunuma.html

http://www.town.urausu.hokkaido.jp/kankou/guide/files/camp_annai_h29.pdf

②札幌市定山渓自然の村
札幌市南区定山渓<豊平峡ダム下流国有林野>(011-598-3100)

札幌市内から南は約30km。定山渓と言えば札幌の奥座敷として有名な温泉街ですが、温泉街から南は5kmの位置にあります。小樽からもアクセスでき、羊蹄山方面も近い位置です。ここは、トイレや流し台以外にも寝具、冷蔵庫から暖房まで設備が充実しています。温泉が無い(シャワーのみ)ことや車が駐車場までである点などマイナス面もありますが、それにましての暖房があることで夏以外の利用も可能である設備面が優れています。

http://www.sj-naturevillage.jp/

③ひがしもこと芝桜公園キャンプ場
網走郡大空町東藻琴末広393(0152-66-3111)

網走駅の南約30kmの網走郡大空町にある公園内のキャンプ場。屈斜路湖や摩周湖にも近く、オホーツク海サロマ湖から斜里町・知床方面など道東北方面の拠点になる位置にあります。多面形のユニークな形状した7~8人用とトイレだけでなくキッチンを備えた施設。車も横に駐車可能。利用期間が短いが温泉・足湯もあります。

http://www.shibazakura.net/camp.html

④長万部公園キャンプ場
山越郡長万部町字富野243-21(役場0137-2-2456 公園01377-2-5854)

長万部駅からも約2kmの位置にあるキャンプ場です。長万部は内浦湾の奥にあり、小樽や札幌と南端の函館の中間点に位置しています。ニセコや洞爺湖などの観光地からも比較的近い位置にあります。トレイに流し台や野外テーブルなどの設備があります。

http://www.osyamanbe-kankou.jp/asobu/syosai/tomino.html

⑤さるふつ公園キャンプ場
宗谷郡猿払村浜鬼志別(01635-2-2311)

道北オホーツク海に面した猿払村のキャンプ場です。最北の宗谷岬から約30km、真夏でも気温が低い道北(オホーツ側)の拠点として最適な場所です。オホーツクライン(国道238号線)に面した村営牧場の一角にあり、道の駅や宿ホテルも隣接し、ホテルには温泉があります。

トイレに流し台と2段ベッドがあります。

http://www.vill.sarufutsu.hokkaido.jp/hotnews/detail/00000391.html

⑥日高沙流川(さるがわ)オートキャンプ場
沙流郡日高町字富岡(01457-6-2922)

日高町は隣接していない門別町と日高町が飛地合併した町。穂別国道(国道274号線)旧日高町中心部の沙流川沿いにあります。沙流川に沿って南下すると旧門別町にでることになり、木材の流送として繋がりがあったのではと想像しています。送直線距離では千歳市や苫小牧市と帯広市の中間点、日高山系の北西です。トイレに流し台の設備、キャンプ場の向かい宿泊施設に温泉があります。

http://www.town.hidaka.hokkaido.jp/site/camp/camp-field.html

⑦鏡沼海浜公園キャンプ場
天塩郡天塩町更岸(01632-2-1830 役場01632-2-1001内線244)

オホーツク海に面した道東天塩町の小さな鏡沼のほとりにあります。留萌市から約110kmと稚内市まで約70km、オロロンライン(国道232号線)少し海岸に入った場所にあります。ここはトイレ設備がありませんが、向かいに天塩温泉、約1km国道に道の駅があります。また、隣接オートキャンプ場と合わせて13のバンガローがあります。

http://www.teshiotown.hokkaido.jp/?page_id=4741

⑧うらほろ森林公園キャンプ場
十勝郡浦幌町東山町22−1(015-576-3455)

太平洋に面した浦幌町。帯広市から東に約50km、釧路市までは約70km、また襟裳岬からも約110kmの位置にあります。トイレや流し台等の設備と徒歩圏内に町営の浴場とレストランが併設の道の駅があります。

http://www.lers.co.jp/parks/01about.html#04

リスト外でもう一つ

⑨白銀台宿泊ロッジ
中川郡幕別町忠類東宝84番地1(地域振興課01558-8-2111)

帯広市から南へ約50km日高山系の東南、太平洋にも近い幕別町にあります。ナウマンゾウの化石が発見されたことやパークゴルフ発祥の地にもなっています。スキー場に隣接の宿泊施設です。(スキー場といっても国道や町支所からも直ぐの自然公園的な場所)
トイレ、風呂、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器や電気ポット等食器や調理用具一式に布団まで備えた貸別荘的な施設です。FF式灯油ストーブに床暖房付で冬季も利用可能です。約500m程の位置には温泉(宿泊施設)に道の駅やキャンプ場もあります。ここは、1棟最大10人まで可能で、人数による料金制になっています。(3人以上で1人2,060円から)

http://www.town.makubetsu.lg.jp/kanko_sangyo/kanko/lodge.html

8か所の内、実際の宿泊したのは⑥日高と⑧浦幌の2か所ですが、③⑤⑦の3つの施設はキャンプ場としては見学してきました。初めての旅行では、北海道1周することを考えて一泊で移動していきましたが、1週間から2週間ぐらいとすると、拠点を置いて周辺を回ると良いと思います。⑨も近くでキャンプ(無料)をしましたが、帯広から高速(無料区間)もあり30分程度です。

脚注
「バンガロー」、「コテージ」、「ロッジ」は、日本においてはキャンプ場などに設けられた宿泊施設を指して使われることが多く、明確な定義はないものの、一般的には以下のように区分されることが多いです。

「バンガロー」とは、主にキャンプ場などに設けられる木造の簡易な宿泊小屋のことで、テントの代わりに使用する恒久施設の木造小屋という位置づけです。シャワーやトイレなどの設備はなく、ベッドもない場合がほとんどで、寝袋などを持参する必要があります。
「コテージ」とは、主に一戸建てを一棟貸し切るタイプの宿泊施設のことで、貸別荘に近い位置づけです。規模にもよりますが通常部屋は複数あり、キッチン、シャワーやトイレなどの設備、ベッドや寝具、冷暖房などの空調設備が備わっているものが多いです。
ロッジ」とは、主に山小屋や山小屋風のホテル、旅館、山荘を指します。
スキー場のゲレンデに併設されたレストランや事務所などが入る大型の施設から、簡素な山小屋まで、広範囲の施設で「ロッジ」という呼称が使われますが、日本においては概ね「バンガロー」と「コテージ」の中間的な施設を指す場合が多いです。

https://lowch.com/archives/6141より

 

Bungalow(バンガロー)
簡易な小屋。もともとは平屋の意味だったようです。

Cottage
(いなかの農民・鉱員などの住む)小家屋、いなか家、避暑地の小別荘

Lodge
宿泊するとの意味から、一時的に使用する小屋

Cabin(キャビン・ケビン)
(通例木造の)小屋(客船の客室、移動住宅車の居住)

Weblio 翻訳ページより

 

堺市少年団の歴史を探る

投稿済みの「堺市少年団のあゆみ」「健民少年団の歴史」をまとめ、6月の横浜市での調査資料をもとに加筆修正したものです。

2018年8月7日

堺市少年団の歴史を探る

1.健民少年団の歴史

堺市少年団が加盟していた日本健民少年団連合の資料からその歴史を概観する。

日本健民少年団連合のホームページには「昭和28年3月下旬に、各地区の健民会から推薦された少年、少女1,200名が、田園地帯である神奈川県相模原町での交歓活動に参加した。これが健民少年運動として計画的な活動に移った最初の試みであった。」(注1)とある。この「健民会」は横浜市の子ども遊び場確保運動(昭和25年)に端を発し、その指導組織として昭和27年ごろから横浜市健民課(健康教育課)の支援のもとに市民の健康問題への対応を地域レベルで実践する中から当時重要視された青少年問題への対応の必要性も相まって青少年健全育成活動へと展開していく。横浜市が少年団活動の全国的な連合体結成に重要な役割をはたしたことから「健民」の名称がつけられたと推察できる。

しかし、少年団活動(組織)が横浜をモデルとして形成されたか言えば、そうでもないようである。横浜市健民少年団としては、昭和25年の遊び場活動から3年後の昭和28年3月が正式発足。これに対して、彦根市では「双葉少年団」が昭和24年に結成されているなど、1950年前後から全国的に青少年活動団体が組織されてきている。(注2)彦根市健民少年団は双葉少年と2つの子ども会とで昭和29年に結成、同年の横浜市で開かれた最初の全国大会に参加している。この大会は25都市の参加445名の参加(注3)、翌昭和30年には33都市710名、そして第3回の昭和33年は70都市の参加となっているところから、各地域で少年団が結成されたようである。

1.1 横浜市調査から(追記2018年7月)

横浜市の健民少年団をモデルとして全国的に展開されたのか?

当時の横浜市教育委員会健康教育課が月刊で発行していた広報紙「横浜健民」(昭和24年6月ごろ創刊)は、健民少年団に関することが中心的に扱われて記載されている。横浜健民No92号(昭和37年10月18日)に「日本健民少年団連合結成宣言」が昭和36年8月11日堺市で開催された第6回全国都市青少年交歓大会で宣言されたとの記事がある。(注5)また同号には、全国都市青少年体育振興会議のあゆみ略記が掲載されている。これによると、昭和33年横浜での全国都市青少年交歓大会に参加した各市体育担当者の会議を全国都市青少年体育振興会議と名付け、以降毎年1回、振興会議と全国都市青少年交歓大会を開催することが決議されている。この振興会議は、昭和24年に発足した全国数十都市体育担当者により構成される全国都市体育研究協議会が発端となっている。(注6)そして、この全国都市体育研究協議会と後継となった全国都市青少年体育振興会議が、健民少年団の全国展開を進めたと考えられる。(注7)

2.堺市少年の結成

堺市少年団の結成は「昭和35年3月」との記載が後年の堺市教育要覧等に記載されている。結成時の様子(結成大会など)が判る資料が見つかっていないが、結成時に入団していた清家昌弘氏へのヒアリング(昭和34年4月の浜寺中学校入学直後に少年団に入ったとの話)からも昭和35年3月の結成は間違いないであろう。(堺市少年団の結成は昭和35年3月13日と判明 注8)結成の3月末(28日~30日)には第5回全国青少年交歓大会が神戸市で開催されている。堺市少年団として参加するために、いくつかの中学校で発足した団をまとめて堺市少年団として結成を図り、全国の集まりに参加したと考えられる。

堺市教育委員会が作成した「堺市教育行政方針案昭和35年」には、社会教育の事項として、「学区を単位とする組織網の確立に努め社会教育の浸透を図る。」「子供会及び少年団組織の拡充をはかり相互の有機的関連を保ちつつそれらの自主的な活動を奨励する。」(同書p12)記載され、中学校単位での少年団組織をつくり、小学生の子供会活動後も中学校に於いて健全育成活動を推進する団体として期待されていた。これは、急速な経済成に伴う都市化の進展などから少年非行が増加(昭和39年には戦後少年非行第2のピーク)し、非行対策が喫緊の課題でもあったのも大きな要因だと考えられる。

2.1 横浜市調査から(追記2018年7月)

1.1で参考とした横浜健民No54号には、横浜市・東京に於いて昭和30年3月27日から3日間全国都市健民少年幹部訓練会実施の報告がある。この記事では、研修会に全国34都市の参加の中に堺市が記載されている。この訓練会は全国都市青少年体育振興会議が主催であり、前身の全国都市体育研究協議会時代を含めて、この組織との連携し堺市として少年団結成の準備が本格化したと推察される。全国都市青少年体育振興会議は昭和33年に第1回が開催され、第4回が堺市で開催されている。これは、昭和36年の全国都市青少年交歓大会と同時に開催されている。昭和33年の訓練会に参加後、本格的な準備進め35年結成、36年の大会開催へと動いた。

2.2 8月3日亀井先生・雑賀先生のヒアリング

2.1で昭和30年3月全国都市健民少年幹部訓練会に堺市からの参加とあるとおり、このころから結成に向けた準備が進んでいたが、昭和33年錦西小学校6年だった亀井先生は少年団があったとの証言を得た。体育の萩原先生(後に体育館や社会体育課勤務や堺市スポーツ少年団設立)担当していたとのことであった。テストケースとして先行して始まったと考えられる。昭和34年度の市教育委員会社会教育方針には、「音楽・野外活動を中心としに少年グループ少年団の結成」が盛り込まれている。清家氏の証言により浜寺中学校にも昭和34年度には結成されていたことになり、昭和33年から本格的準備に入っていたことが判る。

3.少年団とは

少年団とはどのような組織であり、どのような活動を行ったのか?

私自身が自己紹介を行うと時は、「中学・高校時代はボーイスカウトのような活動をやっていました。」少年団の名称は戦前のボーイスカウトの名称ではあるが(注9)、少年団と言っても一般的には理解してもらえないであろうことからである。

昭和37年発行の堺市少年団指導の手引きによると、団員規定として、「(1)市内在住の中学生を主とし・・・、(2)小学校5年生以上又は高等学校生徒で・・・・」(同手引き書p18)となっている。ボーイスカウト年齢を含めているが、堺市としては中学生主体であり、小学生は一部団に限られていた。ちなみに、横浜市健民少年団は、「11歳から15歳までの市内在住の少年少女」となっている。

組織は図1のとおりであり、8名前後班活動を基本として、隊・団を編成するボーイスカウトのパトロールシステムと同様である。中堅幹部隊としてボーイスカウトのシニアスカウトやローバースカウトに相当する年齢を指導者として位置付けている。

又、ユニフォームについても、ボーイスカウトよく似たタイプ(図2)で上着カラーがグレイである。(日本各地の少年団でも同様のカラーが採用されていた。)少年団では上着は制服としているが、ズボン・スカートに指定はなく、中学生では学校の制服を利用していることが多い。上下揃える費用が高くなるのを配慮した結果と思われる。

3.少年団の活動

ボーイスカウトとよく似た構成や組織づくりであるが、その活動はどうであったのか?

昭和28年に発行された横浜市の「健民運動の手引き」では、「都市の青少年に自然的な生活を与え併せて環境を異にする各種地域の生活を体験して見聞を広め社会的経験を深め健康で創造力豊かな少年を育成しようとするもの」(同書p1)と冒頭に書かれている。そして、具体的な活動として、「野外活動により、原始生活体験や共同生活体験から、情操・認識、体力、技術、国土愛を深める社会訓練を行うことと、各地域の少年と生活を共にし、親交を深めること」があげられている。自然体験活動と他都市との交歓活動の2つの柱となっている。

堺市少年団では、先の指導の手引きにその指導の目標として、「新しい世代に進展する少年たちを明るく、健やかに、しかも心豊かに育成するため、規則正しい集団生活の中でスポーツ活動、文化活動、野外活動、交歓活動、奉仕活動など(中略)、特に山野での集団活動をすすめ、大自然に親しませるほか生活様式や、自然風物を異にする他郷の少年たちと交り、見聞を広めるなど、精神と肉体がよく調和しかつ健全な想像力に富む誠実な少年を育成する。」ほぼ同様の項目が記載されている。実際の活動経験からは、自然体験活動としてのキャンプと交歓活動の全国大会の想い出が強い。自然体験活動や奉仕活動等ではボーイスカウト活動とほぼ同じであるが、都市交歓活動が大きな特色としてあげられる。(注10・11)

注1 特定非営利活動日本健民少年団連合のホームよりhttp://kenmin.kids-site.net/histry.html

注2 1946年の文部省から青少年団体の設置、青少年不良化防止対策、児童愛護班結成などについてなどの通達が出され、青少年の非行問題への対応を踏まえて青少年活動団体の結成の促進が図れる。戦後いち早く復活したYMCAやボーイスカウト、そして1948年から開催されたIFELの講習会の地域の拡散。1951年が非行の第1のピーク。1953年青少年問題協議会の法制化。

注3 全国大会の歩み50,2006,日本健民少年団連合

注4 現在は神奈川県・新潟県・愛知県に3市と滋賀県・大阪府に1市の11都市に少年団がある。堺市など過去にあった都市では、函館市から鹿児島市まで38都市名が判明。設立については、豊橋市昭和30年、守口市昭和33年、大垣市昭和35年、村上市昭和36年、小田原市昭和42年。不確定であるが、大和高田市昭和30年頃、神戸市1955・6年、芦屋市昭和34年、西宮市昭和40年。

注5 日本健民少年団の発足ついては、坂中勇亮の研究がある。それによると「昭和28年に設立された「横浜市健民少年団」の活動は、各都市との交歓活動や、平沼横浜市長の尽力により、全国の各都市へと発信され、各地に健民少年団が設立された。その結果、全国規模の健民少年団組織の設立を求める機運が高まり、昭和29年3月27日から29日にかけて、横浜市において第一回全国都市健民少年交歓大会が開催され「日本健民少年団」が設立された。(坂中勇亮,2015,横浜健民少年団に関する史的考察, 東洋大学大学院紀要52号,p281)となっているが、ここでは全国都市体育研究協議会が開催され、「全国健民少年運動の展開」が議題となり議論されたが(横浜健民第46号)、組織的(日本健民少年団連合)な結成は昭和36年8月の記載のとおりである。

注6 全国都市体育研究協議会が昭和24年の発足後約6年間に日独青少年交歓事業等活発な活動を続けたが、昭和30年頃には自然消滅となり、全国都市青少年体育振興会議を生む誘因となった。(横浜健民No92号)都市体育主管者の名称組織として健民少年団や青少年育成活動が中心を占めることへの抵抗もあったと推察される。

注7 全国都市体育研究協議会の会長が横浜市長であり、全国市長会議や都市教育長協議会での発信している。そして、昭和30年の協議会幹部会議により、健民少年運動の全国展開について国への要望書提し他市へ大きな影響を与えたと考えられる。

注8 横浜市健民少年団60周年記念誌の年表に、堺市少年団結成が昭和35年3月13日と記載されている。(同誌,p30)

注9 日本のボーイスカウトは、大正11年創立時は少年団日本連盟の名称であり、法人格を持った昭和10年は大日本少年団連盟の名称であった。戦後昭和24年に財団法人ボーイスカウト日本連盟となっている。

注10 ボーイスカウトのジャンボリーが国内では日本ジャンボリーとして開催されているが、こちらはらキャンプ大会としての要素が強い。

注11 横浜市では結成以前の昭和27年7月に柏崎市を訪問し8月には柏崎市からの受入れを行っている。翌28年の結成日記念日としている3月27日は、1,200名の団員が相模原市を訪問交歓した日である。また、同年7月には貸切列車で1,200名の団員が京都市を訪問し、8月には京都からの受入れ行っている。この交歓活動は当初「遍歴活動」呼ばれとして頻繁に他都市との交歓活動を行ってきている。

参考文献

①横浜健民(No28.39.42.45~49.53.54.56.5761~63.70.75.78.83.88.92号)

②横浜市健民少年団30周年記念誌

③横浜市健民少年団60周年記念誌

④横浜健民少年団に関する史的考察,坂中勇亮,2015東洋大学大学院紀要52号

⑤第6回全国都市青少年交歓大会・昭和36年度全国都市青少年体育振興会議参加のしおり

⑥堺市少年団指導の手引き,堺市少年団,1962

⑦健民少年運動の手引き,横浜市健康教育課,1953

教育コミュニティづくり(地域教育協議会等)に関するアンケート調査お礼

今週初め5月14日で260通のアンケート回答をいただきました。まず、調査に協力いただいた皆様にお礼申し上げます。

回収状況は、学校関係者 125名、地域関係者 132名、未記入 3名の260名でした。

市町数別では、26市町の116校から回答得ており、学校数としては53%の回収率となっています。

豊中市 12、池田市 2、吹田市 13、高槻市 14、茨木市 1、摂津市 5、守口市 4、枚方市 8、寝屋川市 3、大東市 1、四條畷市 1、東大阪市 7、柏原市 7、富田林市 4、河内長野市 1、松原市 7、羽曳野市 3、大阪狭山市 3、泉大津市 3、和泉市 3、貝塚市 4、泉佐野市 1、泉南市 3、阪南市 4、田尻町 1、豊能町 1
不明校 2の学校です。

各市町教育委員会の担当部署には大変お世話なりました。ありがとうございました。今回の回収を基に集計・検討を行い、調査を進めてまいりますが、今後とも調査にご協力いただける場合は、グルーグルドキュメントサイトからオンライン回答が可能です。8月中までのデータを追加して最終報告資料とする予定です。

引き続き、よろしくお願い申し上げます。グルーグルドキュメントサイトは以下です。

グーグルドキュメントページ(アンケート調査)へのリンク

 

今週の運勢5月18日

The star rev up your spontaneity and motivation. So make sure you channel all of that energy into productive projects.

アンケート回収ば終了して、分析・検討に入ります。研究会までにしっかりと集計作業をがんばれとのお言葉か!

今週の運勢4月27日

久しぶりの投稿になりました。自分の運勢とゆうより、オードリーヘップバーンの言葉に惹かれましたので、掲載します。webを探すと「オードリーヘップバーンの言葉」と文庫本や名言をサイトなどもありました。

Your mantra for moment is Audrey Hepburn’s saying, “As you are older, you will discover that you have two hands, one for helping yourself, the other for helping others.”