健民少年団の歴史

1.健民少年団の歴史

堺市少年団が加盟していた日本健民少年団連合の資料からその歴史を概観する。

日本健民少年団連合のホームページには「1953年3月下旬に、各地区の健民会から推薦された少年、少女1,200名が、田園地帯である神奈川県相模原町での交歓活動に参加した。これが健民少年運動として計画的な活動に移った最初の試みであった。」(注1)とある。この「健民会」は横浜市の子ども遊び場確保運動(1949年)に端を発し、その指導組織として1952年ごろから横浜市健民課(のちの体育課)の支援のもとに市民の健康問題への対応を地域レベルで実践する中から当時重要視された青少年問題への対応の必要性も相まって健全育成活動へと展開していく。横浜市が少年団活動の全国的な連合体結成に重要な役割をはたしたことから「健民」の名称がつけられたと推察できる。しかし、少年団活動(組織)が横浜をモデルとして形成されたか言えば、そうでもないようである。彦根市では「双葉少年団」が1949年に結成されているなど、1950年前後から全国的に青少年活動団体が組織されてきている。(注2)彦根市健民少年団は双葉少年と2つの子ども会とで1954年に結成、1954年には横浜市で開かれた最初の全国大会に参加している。この大会は25都市の参加445名の参加(注3)、翌55年には33都市710名、そして第3回の58年は70都市の参加となっているところから、各地域で少年団が結成されたようである。(これについては今後の調査が必要。)

注1 特定非営利活動日本健民少年団連合のホームよりhttp://kenmin.kids-site.net/histry.html

注2 1946年の文部省から青少年団体の設置、青少年不良化防止対策、児童愛護班結成などについてなどの通達が出され、青少年の非行問題への対応を踏まえて青少年活動団体の結成の促進が図れる。戦後いち早く復活したYMCAやボーイスカウト、そして1948年から開催されたIFELの講習会の地域の拡散。1951年が非行の第1のピーク。1953年青少年問題協議会の法制化。

注3 ウィキペディアに記載されている全国交歓大会の情報より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%A5%E6%B0%91%E5%B0%91%E5%B9%B4%E5%9B%A3

注4 現在は神奈川県・新潟県・愛知県に3市と滋賀県・大阪府に1市の11都市に少年団がある。堺市など過去にあった都市では、函館市から鹿児島市まで38都市名が判明。設立については、豊橋市1954年、守口市1958年、大垣市1960年、村上市1961年、小田原市1966年。不確定であるが、大和高田市1954・5年、神戸市1955・6年、芦屋市1959年、西宮市1965年。

2017年10月29日続く